神経内科 (Neurology)

研究活動:チアミン・トランスポーター遺伝子変異とWernicke様脳症

はじめに

チアミン(ビタミンB1)はピルビン酸脱水素酵素、α-ケトグルタル酸脱水素酵素、トランスケトラーゼなどの補酵素として、炭水化物の代謝、エネルギー産生、脳の神経伝達に不可欠である。アルコールやストレスで大量に消費され、他のビタミンに比べて体内に蓄積し難く、毎日少なくとも1mgは供給される必要がある。Wernicke脳症はチアミン欠乏により引き起こされる急性の代謝性脳症で、チアミンの投与により速やかに回復する。栄養障害による欠乏のため遺伝性はなく、血中チアミンの欠乏が診断では必須である。外眼筋麻痺・運動失調・意識障害を典型的な3徴候とするが、全ての症候がそろうのは17%程度で、全体の3割は軽度の意識障害のみである。また、その回復後に、健忘、見当識障害、作話、病識欠如を特徴とするKorsakoff症候群を生じることがある。発症要因の多くは、慢性のアルコール依存症、チアミンが含まれない中心静脈栄養、妊娠悪阻、インスタント食品の偏食などがある。近年、Wernicke脳症ではMRIのFLAIR画像で中脳水道周囲、乳頭体、視床背内側核の高信号域が特異的であることが判明した。我々は2009年にWernicke脳症の臨床特徴と類似した遺伝性チアミン代謝異常症の兄弟例を見いだし、「Wernicke様脳症」(Wernicke’s like encephalopathy: MIM 606152)と名付け報告した(Kono S, et al. New Engl J Med 360: 1792-1793, 2009)。本稿では、Wernicke様脳症の臨床特徴と分子メカニズム、Wernicke様脳症を含めたチアミン・トランスポーター遺伝子異常症について述べる。

  1. Wernicke様脳症の症例
  2. Wernicke様脳症の分子メカニズム
  3. チアミン・トランスポーター遺伝子異常症

宮嶋裕明 Hiroaki Miyajima
(浜松医科大学第一内科)

I. Wernicke様脳症の症例

兄は19歳から発作的に眼瞼下垂と複視、失調性歩行、軽度の意識障害を認めた。血液検査、頭部CT、脳波は異常なく、血中チアミンは基準値内であった。過労、ストレスを契機に10回の眼症状、失調性歩行、意識障害をきたし、そのうち2回は痙攣があった。普段からチアミン100mg/日を内服しており、これを6-8週間休むと発症する傾向があった。36歳の時に3主徴に加え全身痙攣をきたし当院へ転院した。入院時の意識はやや混濁していたが簡単な命令には従えた。また体幹の失調により起座位はとれず、両眼の眼瞼下垂と全方向性の外眼筋麻痺を認めた。筋力低下や錐体外路症状はみられなかった。入院時の血液検査では、血清チアミン値は27ng/ml(基準値、20-50ng/ml)であった。脳脊髄液検査の異常はなかった。チアミンの大量静注600mg/日により意識状態、痙攣発作は24時間以内に改善し、2週間後には外眼筋麻痺、眼瞼下垂、失調歩行は寛解した。発症時の頭部MRIで中脳水道周囲、視床内側の高信号を認めたが、チアミン投与3日後のMRI検査ではこれらの信号変化はほぼ消失した(図1)。

図1 Wernicke様脳症の頭部MRI画像 兄のMRI、FLAIR画像。

中脳水道周囲(矢印)及び視床内側(矢頭)に高信号がみられる(上図)。中脳水道周囲の異常信号のチアミン投与前後における変化を示す(下図)。

 弟は20歳から複視、眼瞼下垂、失調性歩行、軽度の意識障害を繰り返し、21歳の時に痙攣を伴う意識障害から低酸素状態になり人工呼吸器を装着、3年後に肺炎で死亡している。症状ピーク時の血清チアミン値は32ng/ml。頭部CTで基底核に左右対称性の低吸収域がみられたため、ミトコンドリア病のLeigh脳症が疑われたが、血中・髄液中の乳酸・ピルビン酸値は基準値内であった。筋生検ではragged red fiberはなく、筋組織の電子伝達系酵素活性は低下しておらず、ミトコンドリア遺伝子の変異はなかった。
 本疾患の臨床的特徴は、20歳前後からの若年発症である点、チアミン反応性の外眼筋麻痺、運動失調、意識障害と眼瞼下垂、痙攣発作を繰り返している点、チアミンの継続投与が神経症状の寛解維持に必要な点、神経症状出現時には頭部MRIで中脳水道周囲および視床内側に可逆的な信号変化がみられる点があげられる。チアミン反応性の神経症状と頭部MRIの所見はWernicke脳症に類似しているが、家族性に発症している点、症状出現時の血清チアミン値が基準値内である点はWernicke脳症と異なる。

II. Wernicke様脳症の分子メカニズム

 当初、本症例ではチアミンに関係する各種の酵素について生化学・遺伝子解析をしたが異常はなかった。一方、ヒトのチアミン・トランスポーター(hTHTR)の遺伝子は、葉酸のトランスポーター遺伝子SLC19A1の遺伝子ファミリーで、2種類のSLC19A2、SLC19A3遺伝子があり、各々トランスポーターhTHTR1、hTHTR2をコードしている。この兄弟ではSLC19A3遺伝子のExon 2とExon 3にミスセンス変異があり、このためhTHTR2のアミノ酸がそれぞれK44E、E320Qに変異した。また家族のRFLP解析から兄弟は複合ヘテロ接合体で、前者の変異は母に後者は父に由来していた。(図2)。

図2 Wernicke様脳症の遺伝子解析  

A. 患者白血球から抽出したgenomic DNAを用いダイレクトシークエンス法でSLC19A3遺伝子の解析を行った。兄弟でK44E, E320Qの2つの変異が確認された。
B. Restriction Fragment Length Polymorphism法による本家系の遺伝子解析。K44E変異の解析では、野生型は330bp、変異型は300bpのバンドが検出される。E320Q変異の解析では、野生型は237bp、変異型は207bpのバンドが検出される。父と母は、各々E320Q、K44Eのヘテロ接合体、兄弟は複合ヘテロ接合体と診断した。

チアミン・トランスポーター遺伝子SLC19A3の遺伝子産物であるhTHTR2は、12回膜貫通型蛋白質で、この12個の膜貫通部は機能的に3つのドメイン群からなると考えられている。チアミンが通過するポアを形成するドメイン群(ドメイン2、5、8、11)、そのポアに傾斜をつけるドメイン群(ドメイン1、4、7、10)、前二者のドメインを外側から支持するドメイン群(ドメイン3、6、9、12)である。特に前2者のドメイン群が、hTHTR2の機能に重要と考えられている。K44E変異の44番目のリジンはドメイン1と2を結びつけるアミノ酸鎖の糖鎖結合部位に位置し、E320Q変異の320番目のグルタミン酸はポアを形成するドメイン8に位置する。これらの変異はhTHTR2のチャネル形成とその安定性を保つ上で重要な部位にあることになる。次に、hTHTR2変異蛋白質を培養細胞に発現させ、細胞内局在分布を解析した。Chinese hamster ovary (CHO)細胞を用いた発現実験では、野生型蛋白質は細胞表面に発現しているのに対して、K44E変異蛋白質の多くは小胞体に蓄積していた。一方、E320Q変異蛋白質は野生型蛋白質と同様に細胞表面に局在していた。そこで、変異蛋白質のチアミンの取り込み機能を評価するため、CHO細胞を用いてhTHTR2の安定発現株を作製し、3Hでラベルしたチアミンの細胞内への取り込み能を解析した。その結果、野生型蛋白質の発現細胞に比べて、E320Q変異蛋白質の発現細胞はチアミンの細胞内への取り込み能が低下していることが明らかとなった(図3)。

図3 培養細胞における変異hTHTR2の機能解析

SLC19A3変異遺伝子の安定発現細胞株を用いて3H-thiamineの取り込みを測定した。E320Q, K44Eの変異発現細胞では3H-thiamineの細胞内への取り込み低下が認められた。


III. チアミン・トランスポーター遺伝子異常症

2種類のチアミン・トランスポーターhTHTR1、hTHTR2は、中枢神経内の神経細胞やグリア細胞などでどの細胞に発現しているのか、また細胞内の発現部位やそれぞれのチアミン取り込み機能に関する役割分担については今のところ詳細な報告はない。ただ極性を持つ細胞では細胞内の局在が異なり、hTHTR1は細胞の基底膜側に、hTHTR2は細胞の先端部に局在している。
 ところで、本疾患と同じSLC19A3遺伝子変異が原因遺伝子である疾患が現在までに2つ報告されている。ひとつは、1998年に報告されたビオチン反応性基底核症(Biotin-responsive basal ganglia disease: MIM 607483)である。この疾患は常染色体劣性遺伝をとり、10歳前後に構音障害・嚥下障害などの球症状、痙攣、意識障害をきたす亜急性進行性脳症である。大量のビオチン投与により数日内に症状が改善することが特徴である。ビオチン投与を中断すると1か月前後で脳症を再発し、その後進行性に四肢の筋強剛やジストニア、精神発達遅滞を呈する。この疾患では外眼筋麻痺や失調は稀であり、チアミンは無効である。また、頭部MRIで尾状核・被殻の左右対称性のT2高信号・T1低信号領域が全例に認められるのが特徴である。しかし、これらの信号変化はビオチン投与で神経症状が改善された後にも持続する。この疾患はサウジアラビアの4家系10名で最初に報告されたが、最近フランスでも2症例が報告された。このうち一例は20歳より亜急性進行性の全身性ジストニアと痙攣発作を来し、ビオチン600mg投与が無効で、チアミン500mgの追加で神経症状の改善をみている。この症例の頭部MRIでは、ビオチン反応性基底核症に特徴的な左右対称性の基底核の信号変化に加えて、中脳水道周囲や大脳皮質にもT2高信号がみられている。ビオチン反応性基底核症でみられたSLC19A3遺伝子変異は新たに4つある。しかしビオチン反応性基底核症はhTHTR2遺伝子SLC19A3の変異が原因であるのに、なぜビオチンが有効であるかそのメカニズムは依然として不明である。
 SLC19A3遺伝子変異が原因遺伝子であるもう一つの常染色体劣性遺伝疾患が2010年に本邦で報告された。この疾患は、生後数ヶ月よりてんかんと精神発達遅滞で発症し、1-2歳には痙性四肢麻痺により座位保持や歩行不能となった。頭部MRIは全例で両側視床と基底核のT2高信号と大脳皮質の萎縮がみられていた。報告された4症例のうち1症例で一年間にわたる高用量ビオチン投与が行われたが有効性はみられなかった。チアミン反応性は記載されていない。SLC19A3遺伝子変異は、我々がWernicke様脳症で同定したE320Q変異のホモ接合体であった。
 SLC19A3遺伝子変異により表現型が著しく異なる3つのタイプの神経疾患が生じるメカニズムは今のところ不明である。

おわりに

本疾患、Wernicke様脳症はビタミン依存症と位置づけられる。実際の治療でも600mg/日静注を2日間行い、引き続き300mg/日静注を4日間行った。近年の欧米におけるWernicke脳症の治療においても、血中のチアミンが基準値以下の場合は勿論であるが、いわゆる基準値下限にあってもチアミンの大量投与が推奨されている。海外の推奨量は、500mg/回を3回/日静注(1日の総量が1,500mg)これを2日間行った後、500mg/日静注を5日間行うというものである。これは細胞内のチアミン欠乏量が必ずしも血中濃度に反映されないため、Wernicke脳症あるいは類似例ではチアミンの大量静注療法を推奨したからである。
 臨床的にWernicke脳症が疑われるが血中チアミンが欠乏していない症例、Wernicke脳症類似の症状を繰り返す症例は、チアミンの大量療法を行い、hTHTR遺伝子を調べる必要がある。また、本症例が複合ヘテロ接合体であったことは、チアミン・トランスポーターの遺伝子変異がある程度存在する可能性があり、この遺伝子変異がWernicke脳症の疾患感受性に関連している可能性も考えられる。