鉄代謝と神経変性症
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はじめに
T.鉄代謝と中枢神経系
U.単一の鉄代謝関連蛋白質の異常による神経変性症
V.鉄が介在した蛋白質の凝集が病態に関与する神経変性症
W.鉄の存在により蛋白質が変化して病態に関与する神経変性症
おわりに |
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宮嶋裕明 Hiroaki Miyajima
(浜松医科大学 第一内科) |
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| はじめに |
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地球の地殻を構成する元素の約75%は酸素と珪素ですが、鉄も約5%と大変多くの部分を占めています。人のからだにも金属は含まれていますが、体全体からすればごく微量です。これを微量金属といいますが、なかでも鉄、銅、亜鉛などは比較的多いといえます。これらの微量金属は種々の重要な蛋白質、酵素の構成要素で、生命維持には必須です。一方、鉄や銅などは活性酸素やフリーラジカルというからだを傷害する物質の産生を強力に促すので、アポトーシス反応や細胞膜の破壊、蛋白質の凝集などを促進するというマイナス面も持ち合わせています。したがって、生体内の金属は欠乏あるいは過剰にならないように厳密に調整されています。しかしその分子機構、なかでも神経系での金属代謝はほとんど解明されていませんでした。
1980年代半ばでは、神経系の発達や機能の維持には、鉄、銅、亜鉛、マンガン、セレンが必須であることなどが分かっていた程度でしたが、私たちが1987年に脳内に鉄が過剰に沈着する神経変性症、無セルロプラスミン血症を発見した頃より、鉄の代謝に関連する蛋白質が相次いで発見され、神経系の金属代謝が注目されるようになりました。最近では、アルツハイマー病、パーキンソン病、プリオン病などの神経変性症の病態にも微量金属が関与していることが分かってきました。
今回は、脳内の鉄代謝から神経変性症について述べます。
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| T.鉄代謝と中枢神経系 |
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1.生理的な鉄代謝
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成人男性の体内の総鉄量は平均的に3-4gです。女性はこれより0.5-1.0g少なめです。最も多く存在するのは赤血球内のヘモグロビン鉄で、体内鉄の65%を占めます。一般的に、ヘモグロビン、ミオグロビンなどの鉄はヘム鉄といわれ、ヘモジデリン、フェリチンなどの鉄は非ヘム鉄と呼ばれています。
鉄は上部小腸で吸収され、全身の組織に運ばれて利用されますが、大部分は赤血球の造血に利用されます。赤血球の鉄はマクロファージなどの網内系細胞で処理され再利用される半閉鎖的な鉄代謝サイクルを形成しているため、体内への鉄の取り込みは排出と同じように厳密に調節されています。これを「体内鉄サイクル」といいます。排出には積極的な調節システムがなく、消化管上皮の剥離、発汗、膵液・胆汁への漏出などの総和が約1mgになっているため、吸収も一日あたり約1mgに調節されています。つまり大量の鉄を内服しても通常はそのまま吸収されることはありません。
なお、食品からの鉄吸収はヘム鉄が良好であるため鉄欠乏性貧血では肉食が有効です。一般に鉄欠乏性貧血で推奨されているレバーに多いのはフェリチンやヘモジデリンのような吸収効率の低い非ヘム鉄なので吸収はよくありません。
脳の鉄の出入りは、血液中のトランスフェリン鉄がトランスフェリン受容体を介したエンドサイトーシスによって血液脳関門を通って取り込まれ、脳脊髄液の吸収を介して循環系に戻りますが、その量は一日当たりわずかです。実際には脳の鉄必要量は血液からの供給量よりもはるかに多いため、脳内で鉄サイクルを形成して再利用しています。したがって、体内の鉄欠乏あるいは鉄過剰の影響が脳内に及ぶことは少ないことになります。実際に、代表的な鉄過剰症である遺伝性ヘモクロマトーシスでは、体内への過剰な鉄蓄積はあるものの脳への異常鉄沈着は認めません。
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2.細胞内の鉄代謝 |
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90年代になり多くの鉄代謝に関連した蛋白質が発見され、細胞レベルでの鉄ホメオスターシスが明らかになりました。細胞内への鉄の取り込みはトランスフェリン受容体あるいはDMT1(鉄のトランスポーター蛋白質)を介して行われます。血中の鉄の運び屋であるトランスフェリンによりエンドゾームに取り込まれた鉄はSteap3によって細胞内に放出されます。一部は鉄貯蔵蛋白質フェリチンに取り込まれ、一部はミトフェリンによってミトコンドリアに取り込まれます。その後、鉄はIcsAなどの鉄輸送体によりscafford蛋白複合体に運搬されて、鉄-硫黄(Fe-S)クラスター形成に関与します。ミトコンドリアに取り込まれた鉄はフラタキシンによって、Fe-Sクラスターの形成あるいはヘムの生合成に用いられます。フェロポルチンは鉄を細胞外へ動員するトランスポーターで、移動した2価鉄はセルロプラスミンによって3価鉄に酸化されトランスフェリンに結合します。鉄過剰に反応して肝臓で生合成されるヘプシジンは、フェロポルチンに結合して分解を促すことで、鉄のホメオスターシスを維持しています。
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3.脳内の鉄動態 |
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脳への鉄の取り込みは、まず血液中のトランスフェリン鉄がトランスフェリン受容体を介してアストロサイトに取り込まれることにはじまります。取り込まれた鉄はアストロサイトの細胞膜にあるフェロポルチンによって細胞外に輸送され、GPI結合型セルロプラスミンによって酸化され、トランスフェリン鉄となって神経細胞に運ばれます。また神経細胞からの鉄放出にもセルロプラスミンが作用しています。脳内ではトランスフェリンを介した鉄輸送系が主要経路ですが、アスコルビン酸やクエン酸を介した輸送経路も一部存在しています。
遺伝性の鉄代謝異常症である無セルロプラスミン血症aceruloplasminemiaやneuroferritinopathyは、脳内の鉄サイクルの概念を臨床的に支持し、脳内の鉄ホメオスターシスが崩れると神経変性症を生じる可能性を明らかにしました。
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脳内の鉄代謝異常にともなう神経変性症には、無セルロプラスミン血症やneuroferritinopathy、Friedreich失調症などのように、単一の鉄代謝関連蛋白質の異常によって脳内の蓄積鉄が増加して発症する疾患があります。また、脳内の鉄が増加することが症状の発現に関与しているアルツハイマー病、パーキンソン病などの神経変性症があります。
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| U.単一の鉄代謝関連蛋白質の異常による神経変性症 |
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1.セルロプラスミンと無セルロプラスミン血症
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セルロプラスミン(Cp)は、血漿中に分泌される分泌方Cpと細胞膜に結合するGPI(glycosylphosphatidylinositol)結合型Cpがあります。分泌型Cpは肝臓で生合成されますが、GPI結合Cpは肝臓だけでなく、脳、網膜、肺、心臓、膵臓、腎臓、骨格筋など全身の組織で発現しています。分泌型Cpはほとんどが血中に存在し、血中の90%以上の銅を含有しています。細胞から血中への鉄の動員は、細胞膜に結合したGPI結合型Cpがフェロポルチンと共同して行っています。分泌型Cpは血液脳関門を通過できないので、脳ではアストロサイトで発現しているGPI結合型Cpが鉄代謝の中心的役割を担っています。

無セルロプラスミン血症はCpのloss-of-functionによる全身諸臓器への鉄過剰蓄積を来す常染色体劣性遺伝性疾患です。脳内の鉄はおもにアストロサイトに沈着し、フリーラジカルの産生を促し、脂質過酸化の亢進、ミトコンドリアの障害を引き起こします。神経細胞にも鉄沈着はみられますが、ノックアウトマウスの実験から、神経細胞にはアストロサイトから鉄が動員されないために鉄欠乏を来し、これによる細胞障害を起こしていると考えられます。
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症状は鉄の沈着部位を反映して、不随意運動・小脳性失調・認知機能障害などの神経症状、糖尿病、網膜変性症を呈します。検査所見では、セルロプラスミンの欠損、血清銅の著減、血清鉄が減少するにもかかわらず血清フェリチンが著増、鉄不応性の貧血が特徴です。また、鉄の沈着を反映して肝臓、大脳基底核、視床、小脳歯状核に一致して左右対称性に一様な高吸収域(CT:矢印)、低信号域(MRI T2-強調画像)が特徴的に認められます。鉄沈着は、Cpのフェロオキシダーゼ活性(鉄の酸化活性)が無いと細胞膜のフェロポルチンが速やかに分解されることに起因します。
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2.フェリチンとNeuroferritinopathy
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フェリチンは内部に鉄を貯蔵する中空部分をもつ可溶性蛋白質で、サブユニットH鎖とL鎖が24個集合しています。フェリチンは反応性の高い2価鉄イオンを酸化して不活性な3価鉄イオンとして最大約4500分子を含有でき、体内の鉄の無毒化や鉄濃度のコントロールを担っていると考えられており、細胞質の鉄の増減によって発現が制御されています。
Neuroferritinopathyは、常染色体優性遺伝疾患で、フェリチンのL鎖の遺伝子異常が原因です。病理学的には、基底核の空胞変性、神経細胞脱落が認められ、著明な鉄沈着がグリア細胞に認められます。L鎖の遺伝子異常によりサブユニットの集合が低下するため鉄貯蔵能が低下し、鉄が介在した神経細胞障害を引き起こすといわれています。基底核の鉄沈着により40歳前後で下肢にジストニア、舞踏運動などの不随意運動が出現し、5-10年で嚥下障害、運動障害、認知機能障害を来します。検査上は血清フェリチンが減少するのが一般的で、頭部MRIでは基底核の鉄沈着を認めます。 |
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3.Friedreich失調症 |
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Friedreich失調症は、欧米では最も頻度の高い常染色体劣性遺伝の脊髄小脳変性症ですが、日本ではほとんどみられません。小児期より下肢の運動失調による歩行障害を来し、不随意運動、感覚障害、脊柱の彎曲、凹足などを来します。原因は、ミトコンドリア蛋白質のfrataxinをコードするFRDA遺伝子、第一イントロンのGAAリピートの異常伸張です。Frataxinはクエン酸回路のアコニターゼに結合し、安定化し維持する機能を果たし、ミトコンドリアDNAの安定化にも関与していると考えられています。 |
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4.Neurodegeneration with Brain Iron Accumulation(NBIA) |
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脳の過剰鉄沈着と神経症状を呈する疾患を総じてNBIAという場合がありますが、その多くは従来のHallervorden-Spatz症候群を意味します。この症候群では、15歳まで(一般的には6歳以下)に進行性ジストニアを来し、構音障害、筋強剛、網膜色素変性症を呈します。常染色体劣性遺伝です。基底核への鉄沈着を特徴とし、MRI T2-強調画像で中心が高信号でその周囲に低信号を示す特徴的な“eye of the tiger”の所見を淡蒼球で認めます。臨床的にNBIAと診断された患者の50%以上では第20染色体のPantothenate kinase 2遺伝子(PANK2)の異常が認められ、Pantothenate kinase-associated neurodegenerationともいわれています。Pantothenate kinaseが欠乏すると、N-pantothenoy1-cysteineとpantetheineが蓄積し、直接的な毒性およびフリーラジカルを介したコエンザイムAの欠乏や膜の障害を生じると考えられています。ただし、鉄沈着のメカニズムは不明です。 |
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| V.鉄が介在した蛋白質の凝集が病態に関与する神経変性症 |
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アルツハイマー病を特徴づける所見は、1)神経細胞外に沈着するアミロイドβ蛋白質(Aβ)を主要構成成分とする老人斑、2)神経細胞内に蓄積するリン酸化したタウ蛋白質を主要構成成分とする神経原線維変化、3)選択的な神経細胞脱落です。
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なかでもAβの沈着は最も早期に生じる変化で、それに続いて神経原線維変化が形成され、その頃から神経細胞が減少します。その後、海馬や皮質連合野の神経ネットワークが崩壊して、徐々に認知症としての臨床症状が顕在化すると考えられています。Aβは健常人でも老化とともにアミロイド前駆体蛋白質から切り出されます。βセクレターゼによりN末端が切断され、次にγセクレターゼによりC末端が切断されてAβは産生されます。はじめにβセクレターゼではなくαセクレターゼにより切断される場合、Aβは産生されません。Aβから複合体酵素であるγセクレターゼにより40アミノ酸からなるAβ40と、C末端側に2アミノ酸長いAβ42がそれぞれ産生されます。Aβ42はより凝集性が高く、in vitroでの神経細胞毒性を強く示します。
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近年、凝集したAβよりも可溶性のAβが数個から数十個重合したオリゴマーによるシナプス変性、GSK-3βの活性化、あるいはp75を介した神経細胞死がより重要であると考えられています。このオリゴマーAβの形成にはガングリオシド、アポリポプロテインE、鉄、銅、亜鉛が重要な役割を果たします。 |
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生理的に発現した蛋白質が重合してアミロイド線維を形成し、病態の形成に関与するのはアルツハイマー病だけではありません。いわゆる「コンフォメーション病」の範疇でとらえられる多くの神経変性症も同様の機序が考えられています。これらの疾患では脳内の蛋白質がβシートに富む構造へと変化してアミロイド線維として蓄積します。蛋白質の重合に金属が作用することは、Aβのほかにも、パーキンソン病のαシヌクレインなどでも観察されています。αシヌクレインの凝集過程で、可溶性のプロトフィブリルがシナプスの機能障害を引き起こし症状が発現すると考えられていますが、この凝集を鉄、アルミニウム、銅が促進します。
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W.鉄の存在により蛋白質が変化して
病態に関与する神経変性症 |
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プリオン病の代表的疾患クロイツフェルト・ヤコブ病は、認知機能障害から始まり精神・神経症状が急速に進行して死に至る疾患です。脳は神経細胞の脱落による特徴的な海綿状脳症の病理像を呈します。この原因は、脳の正常プリオン蛋白質(PrPc)が病原性異性体(PrPsc)に変化することにあり、PrPscは伝染性の病原性を有します。この蛋白質は主に神経細胞に発現し、細胞膜の表面に移動してC末端のGPIアンカーで結合した後、リソソームでアミノ酸に分解され再利用されています。PrPcは抗酸化作用のあるSOD酵素の一種で、細胞表面でPrPcに結合している銅が自由電子を捕捉することにより神経細胞膜をフリーラジカルによる破壊から保護しているといわれています。また、銅の細胞への出入りを調節してシナプス神経伝達機能に関与するとも考えられています。 |
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PrPscはAβと同様にβシートの多い構造をとって凝集し、オリゴマーが26Sプロテアソームを阻害して神経細胞傷害を来すと考えられており、このオリゴマーの神経細胞毒性は鉄の存在によって増強されます。
一方、剖検脳から精製したPrPscでは著しいマンガンレベルの上昇と、比較的低いレベルの亜鉛の上昇に伴い、著しい銅の減少が認められました。マンガンと亜鉛はともにPrPcには検出されていません。また、精製したプリオン蛋白質の抗酸化力は、PrPscでは最大85%まで劇的に減っており、脳の酸化ストレスマーカーの増加と相関しました。このことから、脳内にマンガンが多く銅が少ない場合は、細胞は正常なPrPcを形成できず、代わりにマンガンと結合してPrPscとなりPrPcの抗酸化作用が低下することで最終的に神経細胞が破壊される可能性も考えられます。 |
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おわりに |
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今後さらに神経系における鉄代謝が細胞レベルで解明されることにより、新たな側面から神経変性症の治療法の開発が期待できます。 |
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