精神医学の理解には心理社会的側面 (「こころ」という,いわば形のない形而上の問題として捉える立場) に加え,生物学的側面 (「脳」という,いわば形のある形而下の問題として捉える立場) が必要です。例えば統合失調症 (精神分裂病) の場合,この病が脳の病気であることに疑いを入れる余地はありません。心理的社会ストレスのみで発症することはなく,まして,親の育て方が悪いと発症に至るなどといったことはありえません。しかし,統合失調症では,心理社会的サポートがないと症状の改善が思わしくないことは,日常の臨床場面ではむしろありふれたことです。たとえ治療薬の規則正しい服薬が維持されていたとしても,孤立した環境に置かれたり,過大な心理社会的ストレスが加われば,精神症状は容易に悪化します。つまり,心理社会的理解と生物学的理解は精神医学の両輪であり,一方のみでは精神科医療は成り立ちません。
家族や一般の人たちは,とくに発症初期の段階では,精神科疾患の原因を心理社会的要因にのみ求めようとする傾向があります。その一方で,慢性に経過する精神科疾患を持つ本人や家族ほど,脳の機能や薬物療法についてかなり豊富な知識を持っています。換言すれば,精神を病む人やその家族は,当初は誰もがそう考えるであろう心理社会的側面に立って精神の病を理解しようとしますが,それに生物学的側面という専門的かつ高度な内容を加えることにより理解を深めているのです。この辺りの事情は精神医学が歩んできた道のりに似ています。つまり,精神医学の初期には精神疾患の理解はほとんど社会心理学的側面からだけでした。しかし,科学の進歩に伴い生物学側面からのアプローチが加わり,近代精神医学への道が開かれました。
医学では正確な診断に基づいて治療が行なわれます。この意味で,診断の手続きや診断名のもつ意義は重要です。しかし,精神を病む人やその家族にとって,診断は重要ではありません。重要なのは「良くなるかどうか」です。本人や家族のいう「良くなる」とは,「元の状態に完全に戻る」,あるいは,「100%治る」という意味です。この点が精神科以外の診療科と大いに違うところです。精神科以外では,100%でなくとも,良くなったと評価してもらえます。このことを精神科に当てはめるなら,精神科の治療成績は他の診療科のそれを凌駕しています。
かつて人類は大陸を踏破し,やがて船を発明して海にでました。新大陸を発見し,地球の隅々にまで文化が行き渡るようになると,宇宙にでました。宇宙の謎は計り知れません。人類はこの謎に挑むために文明や文化を創ってきたともいえます。「精神」や「こころ」は生物の進化の最終段階である,と言われます。とすれば,「精神」や「こころ」の宿るわれわれの「脳」は宇宙の進化が到達した最終産物です。人類が宇宙にでた過程がそうであるように,すべての科学は精神やこころのすむ脳の解明のために準備されてきたと考えてよいかもしれません。その全貌の解明に至る道程は永く,目的地は遥か遠くにあります。精神医学は,すべての人のすべての精神の病を100%治せる段階には未だ至っておりません。ですが,現時点で到達した知識や技術を有効に活用して医療にあたり,ひたすら努力して新しい事実を発見し,人類の健康と福祉に貢献すること,それが浜松医科大学精神神経医学教室の使命であり義務と考えています。 |