鼡径ヘルニアについて
1.はじめに  

 当科は日本で2番目に腹腔鏡下胆嚢摘出術を開始しました(1990年7月)が、成人の鼠径ヘルニアに対しては1992年8月から腹腔鏡下鼠径ヘルニア修復術を導入しました。当初は10mmの傷2カ所と5mmの傷1カ所で手術を行なっていましたが、現在は5mmの傷2カ所と3mmの傷1カ所(図を参照)で行なっており、クリニカルパス(後述)の導入で3泊4日で退院できるようになりました。
2.鼡径ヘルニアとは?  

 本来、お腹には強い筋肉(筋膜)が張っているため、お腹の中の臓器が出てくることはありません。ところが、年齢とともに筋肉が弱くなったりその他の原因で、鼡径部(太ももの付け根、図を参照)からお腹の中の臓器が皮膚の下にでてくることがあります。これを「鼡径ヘルニア」といいます。鼡径部は男性では精管(精子の通り道)、女性では子宮円靱帯(子宮を固定する靱帯)が通過する道があるため、お腹の壁の中でも弱くなりやすい場所です。脱出する臓器は、小腸が多いため俗に脱腸と呼ばれています。 男性に多く(当科では約75%が男性)、40歳ぐらいから増加し60歳代に多い(当科の平均年齢は62歳)病気です。

3.鼡径ヘルニアの症状

 立った時やお腹に力を入れた時、鼡径部の皮膚の下に臓器が出てきて柔らかい膨らみができます。臓器が脱出する時には、痛みや不快感を伴う場合もあります。通常、指で押さえたり横になるだけで臓器がお腹の中に戻り、膨らみは消失します。 ところが、脱出した臓器がお腹の中に戻らなくなり、膨らみが硬くなり痛くなったり熱が出ることがあります。これを「鼡径ヘルニアの嵌頓(かんとん)」といいます。この場合、脱出している臓器が腐ったり腹膜炎になることがあるため緊急で手術が必要になります。 このため、鼡径ヘルニアになったら嵌頓をおこす前に早めに手術を行なうのが一般的です。

4.鼡径ヘルニアの治療方法

 昔は、自分の筋肉(筋膜)を無理矢理ひぱってヘルニアの穴を塞ぐ手術が一般的でした。しかし、術後の痛み(つっぱり感)が強いことと、時間がたつと再び筋膜が弱くなって10〜20%の患者さんで再発をおこすことが問題でした。  当科では、腹腔鏡(直径5mmの細いカメラ)でお腹の中からヘルニアの穴を観察してポリエステル製のメッシュ(糸をシ-ト状にしたもの)を充てる「腹腔鏡下鼡径ヘルニア修復術」を行なっています。
ポリエステル製のメッシュは1956年からヘルニアの補強に使用されており人体に大きな影響を与えません。 また、メッシュの固定にはチタン製のクリップを使用しますが、金属に影響をうけるMRIなどの検査でも問題はありません。また、腹部のレントゲン写真でもクリップは写りますが問題はありません。 その他の手術として、前方(腹壁側)から4〜6cmの皮膚切開をおいてメッシュで補強する方法(メッシュ-プラグ法、プロリーン-ヘルニア-システム、クーゲル-パッチ法など)があります。局所麻酔(腰椎麻酔)で意識がある状態で手術を行なうという利点もありますが、前方から行なう手術は腹腔鏡下手術と比較すると欠点もあり、当科では全身麻酔が可能な患者さんは全員、腹腔鏡下手術を行なっています。
5.手術後の経過

 手術の次の日の朝には、食事を取ったり歩くことが可能です。傷は抜糸の必要もなく、すぐにシャワ-やお風呂に入ることができます。 そのため手術後2日目には殆どの患者さんが退院しています。
 また、退院直後から仕事は可能です。ただし、重い物を持つことや激しい運動など腹圧のかかることは手術後1ヵ月は避けて下さい。 外来は手術後1〜2週目に1回受診し、問題がなければその後の通院の必要はありません。
6.クリニカルパス

 クリニカルパスとは、患者さんの入院中のスケジュールがすべて統一された治療計画のことです。患者さんは、前もってお渡しした毎日のスケジュール表を見ながら治療を受けられるため、安心して治療をうけることが出来ます。 当科では、腹腔鏡下鼠径ヘルニア修復術にもクリニカルパスを導入しています。入院から退院までの3泊4日(手術前日に入院し、手術後2日目に退院)のスケジュールがすべて詳細に組まれています。外来受診時にスケジュール表を患者さんにお渡ししますが、仕事で忙しい方などに非常に満足して頂いています。当科を受診された鼠径ヘルニアの患者さんの95%以上はクリニカルパスで治療を行なっています。
(更新日 平成15年3月)




この手術の長所は、以下の点です。

(1)傷が小さく美容的に優れている
(2)術後の痛みが少ない
(3)痛みが少ないため日常生活に早く復帰できる
(4)お腹の中から反対側のヘルニアの有無を確認できる
(5)両側のヘルニアでも全く同じ傷で手術ができる
(6)再発のヘルニアや複雑なヘルニアでもお腹の中から簡単にヘルニアの穴を観察できる
(7)お腹の中から確実にヘルニアの穴を見つけてメッシュを充てるため再発が少ない
浜松医科大学 第一外科