泌尿器科の紹介

First Edition was released in April 1996
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 泌尿器科とは何か
 歴史
 現況
 研修プログラム


泌尿器科とは何か

 泌尿器科という診療科は、もうひとつ内容がわかりにくいところがあります。医学というものはもともと経験的に発生し発展したものですから論理的でないところがあり、私たちの間でも議論があります。外科であると割り切るひともいれば、単に外科とは言いきれないというひともいます。とりあえず、外科的手段を主とするが内科的アプローチもふくめて内分泌・腎・腎盂尿管・膀胱・生殖系を対象とする科であるということになりそうです。
 泌尿器科は日本においては皮膚科の傘の下で培われ、遅れて育ってきた診療科です。このことは静岡県泌尿器科医会の歴史を見てもわかります。遅れて育ったということは、逆の見方をすれば、近年の医学の進歩のなかで必要が生じ、急速に発展している分野であるともいえます。腎移植・透析・内分泌外科・尿路感染症など広い分野をかかえ、また癌の治療も泌尿器科においては重要な位置を占めています。前立腺癌はいずれアメリカと同様に男性の癌の首位を占める日がくることは間違いありません。日本最初のノーベル賞受賞者の湯川秀樹博士、同じくフィールズ賞受賞の小平邦彦博士は、いずれも前立腺癌で亡くなられています。人口の高齢化に伴い、前立腺肥大・尿失禁の患者も増加しています。今後、医療・社会福祉のなかで泌尿器科医の果たすべき役割がますます大きくなっていくことは間違いありません。
 
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歴史

 (以下の記述は医史で有名な大矢全節氏の著書等を参考にしていることをおことわりします。また敬称も省略してあります)

泌尿器科のルーツ
 泌尿器科疾患としては、エジプトの紀元前数世紀と思われる古墳の小児骨盤の中に、尿酸を主成分とした膀胱結石が発見されています。第2王朝時代の古墳からは腎結石も発見されました。尿路結石は古くからひとびとを悩ませてきたのです。
 古代エジプトではすでに割礼が行われていたので、割礼の施術者に泌尿器科医のルーツを求めることが出来るかも知れません。(これは私−−藤田−−の意見で、定説ではありません)
 1474年、パリの医師たちが死刑囚の生体解剖を行っていますが、その理由は、当時結石患者がパリに多く、その治療法を確立するためだったということです。1501年にはミラノの外科医Cardanが、腰部膿瘍を切開して18個の結石をとり出したと記録しています。
 尿占師(uromante)も、古くから存在したといわれています。医学の父Hippocratesはヒポクラテス全集のなかに尿の性状について詳しく記載しています。

内視鏡の歴史
 医学領域における内視鏡の起源も泌尿器科にあります。
 フランクフルト(am Mein)のBozziniは1806年に、外部から光を送る部分と内部を診る部分から構成された尿道鏡を発明しました。ただしこれは、ほとんど実際には使用されませんでした。1826年にSegalas,Pが発明したSpeculum urethro-cystiqueは、かなり実用に供されました。この頃の内視鏡は、ろうそくを外部光源として利用しています。消化器科領域の内視鏡としては、はるかに遅れて1868年にドイツのKussmaulが長さ47cmの金属筒を用い、ランプの光で胃のなかを観察したのが始まりとされています。
 近代的な光学機械としての内視鏡の開発といえば、1885年のNitze,Mの膀胱鏡というのが定説になっています。これが広く内視鏡医学の出発点であり、また近代泌尿器科学の誕生でもありました。
 1901年にKellingがイヌの腹腔内に空気を入れて膀胱鏡で腹腔内を観察したのが腹腔鏡下手術の始まりとされます。

日本への泌尿器科学の導入
 明治時代、日本は種々な文化、学問をヨーロッパから学び、急速に近代化していきました。医学の分野も例外ではありません。日本政府は、当時ドイツ医学が世界で最も進んでいることを知り、ドイツ医学を日本に導入する方針をとりました。
 土肥慶蔵(1866-1931)は福井県に生まれ、東京帝国大学医学部を卒業(1891年)し、外科学のScriba教授のもとに学びました。ドイツから招かれたScribaは、せまい意味の外科だけでなく皮膚科、泌尿器科なども担当しており、そのとき内科を担当していたのが有名なBeltzです。
 1893年、土肥は近代皮膚科学を日本に導入するためにヨーロッパに派遣されハイデルベルグ大学で学び、ついでウイーン大学でKaposi,MKに皮膚科学、梅毒学、病理解剖、尿道鏡検査を学び、1896年にはドイツに戻り淋菌の発見者であるNeisser,ALSや膀胱鏡の発明者であるNitze,Mに学びました。ドイツにおいても当時このように皮膚科と泌尿器科は近いところにありました。1897年にはパリ大学に移り、余暇をみてはNecker病院でGuyon,JCFから泌尿器科学を学びました。当時フランスでは泌尿器科が独自に発展を遂げて、泌尿器科学が世界でもっとも進歩していました。NeckerのDr. Guyonがその中心でした。

皮膚泌尿器科の分離
 4年余りの留学から帰国した土肥は1898年2月に東京帝国大学皮膚科梅毒学助教授、6月に教授に昇進しました。このようにして、土肥自身は外科の出身でしたが、門下生は皮膚泌尿器科医としての教育を受けることになりました。教室の名前も皮膚科学教室であり、せっかく泌尿器科学を学んで帰った土肥は、両者を担当範囲としながらも皮膚科学を活動の中心としたために、日本における泌尿器科学の進歩が遅れたという説があります(これも異論があるかも知れませんから、藤田の説としておいてください)。
 1912年に在野の外科出身の泌尿器科医が中心になり泌尿器科集談会を設立し、会長を朝倉文三として、機関誌として日本泌尿器病学会雑誌を創刊しました。この会が後に、大学を中心とする皮膚泌尿器科学会の泌尿器科部門と合併し、さらに後年、皮膚科学会から分離して現在の日本泌尿器科学会になりました。雑誌も、いちど合併した皮膚科及泌尿器科学会雑誌から独立して大正元年に日本泌尿器科学会雑誌として発行されるようになりました。
 皮膚科学教室として発足した日本の大学において、泌尿器科学教室が独立するまでには時間がかかりました。東京帝国大学においては、1921年に皮膚科教室が皮膚科泌尿器科教室と改称され、泌尿器科学を中野 等助教授が担当しましたが、分離はされませんでした。1926年に泌尿器科学の独立講座が設けられ根岸博が泌尿器科学講座担当助教授となり、1927年には高橋明が教授として着任しまたが、1教室2講座制は長く続きました。独立した泌尿器科学教室が最初にできたのは九州大学で、1929年に九州帝国大学医学部の皮膚病、梅毒学講座が皮膚科学と泌尿器科学の2教室になり、高木繁が泌尿器科学担当教授に昇任しました。しかしこの分離はなかなか他の大学に波及しませんでした。戦後、1946年に東京大学で分離が行われ市川篤二が初代教授になったのを契機とし、急速に各大学で分離独立が行われるようになりました。
 学会誌以外の学術雑誌としては、「泌尿器科紀要」が皮膚科と分離したのは1955年、医学書院の「臨床皮膚泌尿器科」から「臨床泌尿器科」が分離したのは1967年、「皮膚と泌尿」から分離して「西日泌尿」ができたのは1969年でした。

 (この記載に間違いなどがありましたら連絡ください)  
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現況

 この項を書くのは大変なことになりそうなので、当教室の主な研究を参考にしてください

 
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明春からの教室員大募集
 当教室は新しい教授を迎え 21世紀に向けて大きな飛躍をする決意を固めました 教室の発展は なんといってもマンパワーにかかっています 医師過剰がささやかれるなかで 泌尿器科は新しい これから発展する診療科です 社会の期待に応えて 元気のよい 若い諸君が多数 泌尿器科学の発展に参加することを期待しています

 当教室は講師を初めとして浜松医大の卒業生が多いのは当然ですが 北大・弘前大・山形大・福島医大・新潟大・富山医薬大・東大・慈恵大・愛知医大・三重大・川崎医大・鹿児島大など多くの大学の卒業生がいます 静岡県出身で他の大学に入ったけれど いずれ静岡県に戻って来たいというひとを歓迎します
 当教室についてくわしいことを知りたいひとは、自由に連絡ください
   Tel 053-435-2306  Fax 053-435-2305
   教授 大園誠一郎   助教授 鈴木和雄   医局長 高山達也


研修プログラム

 当教室で研修を希望するひとのために、 泌尿器科臨床研修プログラムを掲載します。
 厚生労働省はスーパーローテイト方式への移行を計画しており、当大学、そして当科もそれに対応する準備を進めています。具体的には大学病院のページをご覧ください。スーパーローテイトで当科を回るときは、この記載を準用することになります。

  プログラムの目的と特徴
1)泌尿器科学は内分泌学、腎機能、腎移植、人工透析、endourologyやlaparoscopic surgeryと称される内視鏡手術、ESWL、尿路結石の化学、腫瘍学など広い分野を対象とし、現在も急速に進歩している学問であり、日々進歩する泌尿器科学に対応することのできる優秀な泌尿器科医を、増大する需要に応じて養成することを目的とする。
2) このプログラムに参加する医師は、臨床上の問題点を自己の研究課題としてとりあげ、これと積極的に取り組み、解決していく姿勢と、そのための知識と技能をもった泌尿器科医となることを目標とする。
3) 対象となる患者には高齢者、腎不全ないし免疫抑制下にある腎移植患者、癌患者を扱うことが多いため、泌尿系に限らず種々な全身的な合併症に対応できる能力を養成する。
4) 臨床所見を適確に把握し、正確に記載できるようにする。
5) 患者のおかれた心理的、社会的、家族的状況をよく理解し、患者および家族と接触を良好に保つことができるようにする。また他の医師や種々な職種の従業員と協力して治療に当たれるよう、人間関係を重視した医師になるようにする。
6) 希望に応じて麻酔科など、他科のローテートを行い、上述の目標に到達するための能力を修得する。
7) 自分の担当した患者の資料を的確に要約し、教室内、大学内、あるいは学会で要領よく発表できる能力を身につける。また興味をもった課題について深く研究し、国内外の学会において発表できるようにする。
8) 本プログラムは日本泌尿器科学会の専門医および指導医資格試験の受験資格を得るための最初の2年の研修期間となる。また、関連学会として日本腎臓学会、透析療法学会、超音波学会などの専門医の資格を得るための研修期間としても位置づけられる。

  プログラムの指導者と参加施設
1) プログラム指導者:浜松医科大学教授 藤田 公生
2) 基幹施設である浜松医科大学医学部付属病院は静岡県下唯一の大学病院であり、地域医療の中心的役割を果たしている。病床数は600床で、うち泌尿器科は31床である。プログラムに直接に協力する部門は放射線部、手術部、救急部、輸血免疫部、血液浄化療法(人工透析)部、臨床検査部、病理部などがある。なお藤田教授は現在、血液浄化療法部長を兼任している。
3) プログラムに参加する他施設とその指導医
 病院名       指導責任者 指導医数 医員数
国立豊橋病院      水野 卓爾   1   1
国立療養所天竜病院   佐藤 滋則   1
焼津市立総合病院    石川  晃   2   2
榛原市立榛原総合病院  中野  優   1   1
藤枝市立総合病院    福田  健   3   1
富士宮市立病院     須床  洋   2
磐田市立総合病院    神林 知幸   2
共立菊川病院      伊原 博之   2
共立湖西総合病院    中西 利方   1   1
新城市民病院      鈴木 明彦   1   1
社会保険浜松病院    寺田 央巳   1   1
聖隷三方原病院     麦谷 荘一   2   3
遠州総合病院      栗田  豊   2

 プログラムの管理運営
 年度末、および必要に応じて随時、プログラム指導者を中心に基幹施設の指導者および各施設の指導責任者が集まり、プログラム委員会を開催する。この会議において研修状況とプログラムの評価を行い、それに基づいて次年度のプログラムについて修正し、決定する。
 研修プログラムの内容は、年度毎に当大学医学部付属病院の臨床研修委員会に提出して承認を受ける。承認を受けた内容は他科の研修プログラムとともにとりまとめて小冊子として公表、研修希望者に配布される。
 定員
 8名までとする。
 教育課程
 この課程は、将来泌尿器科専門医として標榜、診療に当たる医師のための研修の、最初の2年間に相当する。
1) 時間割および研修内容と到達目標
 日本泌尿器科学会専門医制度の受験資格を取得するための研修プログラムを参考に、その後の3年間をふくめて5年間の目標の概要を以下に記す。
 1年目
1. 基本的な泌尿器科的診断、治療が行える。
 ここでいう基本的診断とは、次の症候、症状のもつ意味を理解し、上級医に時期を失せずに正しく状況を報告することをふくみ、適切な対応を行うことである。
  尿閉
  血尿
  尿失禁
  尿路外傷、とくに尿道外傷
  男性性器外傷
  陰嚢の急性の変化
  尿路結石
  尿路の異物
  陰茎の外傷
  持続勃起症
  インポテンス
  神経因性膀胱
  尿路性器感染症
  性感染症(STD)
 ここでいう基本的処置(初期治療、プライマリーケア)とは次のことをいう。
  導尿
  膀胱穿刺
  膀胱洗浄
  膀胱鏡検査
  尿管カテーテル法
  前立腺生検
  尿管結石疝痛に対する処置
  陰嚢内容の外傷
  acute scrotumに対する処置
  血尿に対する処置
  透析中の急変に対する処置
2. 尿検査、尿路造影、血管造影、超音波検査、内視鏡検査、血液透析、下部尿路機能検査(ウロダイナミクス)などを行うことができ、その意味するところを説明できる。
3. 入院患者の診察、検査、手術の計画を正しくたて、病状、予後の説明がおおよそできる。
4. 包茎手術、精管結紮、前立腺生検、睾丸(精巣)固定術などの小手術を術者として施行できる。
5. 手術を要する患者の術前、術中、術後の処置ができる。
6. 感染防止、医療廃棄物の処理など、公衆衛生上の正しい処置ができる。
7. 処方箋、指示箋などの基本的な記載が正しくできる。
8. 手術記録、退院時要約をふくめ、正確かつ要領よく病歴を記載できる。
9. 症例の学会発表を行うことができる。
 2年目
1. 1年目に修得した基本診断、処置、手技の応用を行うことができる。
2. 必要な文書(診断書、紹介状、紹介状に対する返事、照会の手紙、申し送り、処方箋、指示箋、病歴、手術記事、退院要約など)が完全に書ける。
3. 基本検査手技などについて新人を指導できる。
4. 腎、尿管、膀胱、前立腺などの比較的簡単な手術を術者として施行できる。
5. 膀胱砕石術、カテーテル操作などの内視鏡的手技ができる。
6. 入院症例の全身状態の急変に対応できる。
7. 症例報告をひとりで独立してできる。
3、4年目
1. 病室、外来でチーフレジデントとして初期研修医の指導ができる。
2. 腎、尿管、膀胱、前立腺などの比較的困難な手術や、内視鏡的な経尿道的切除術を行うことができる。
3. 各自の興味に結びついたテーマについて研究をはじめ、その成果を学会で発表する。
 5年目
1. 高度の技術を要する手術をふくめ、ほぼ泌尿器科全域の手術を術者または第一助手として施行できる。
2. 教室の各種カンファランスを司会、進行できる。
3. 数編の論文を書く。
4. 泌尿器科専門医の資格を取得する。
2) 研修医の処遇  浜松医科大学における処遇は、基本的に他科と同一であるが、組織の規模があまり大きくないために家族的な雰囲気があり、いろいろ利点がある。
具体的に細かい疑問や質問がある場合は、教授、助教授、講師、高山医局長などに問い合わせてください
 

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提供は浜松医大泌尿器科です
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