魚類視物質発色団の起源と役割
―なぜ魚類は2種類の発色団を利用するのだろう?―
目の中には光に応答する視細胞があります。光はこの視細胞に存在する視物質によって受容されます。この視物質はタンパク質(オプシン)と視物質発色団(以下発色団とする)からなり、私たちはこの発色団の起源と役割に興味をもって研究を進めています。ヒトを含む多くの脊椎動物では発色団としてレチナール(A1)しか存在していませんが、魚類ではA1と、A1をもとに生成される3,4-ジデヒドロレチナール(A2)を用いています。この2つの発色団が同一オプシンに結合した場合、A1に比べA2では吸収波長帯域が長波長側に移動します。では、2つの発色団は魚類の中でどのように用いているのでしょうか。私たちは様々な視点からその答えを求めて研究をしています。
現在魚類には約25000種が確認されていますが、種によって用いている発色団は異なっています。私たちは約180種の魚種の発色団を分析し、@海水域に生息する魚種ではA1を、淡水域にはA1・A2両方を用いていること、A淡水域と似た光環境も存在する沿岸域を含めても海水域にはA2を用いている種はいないこと、を明らかにしました(図1)。過去の研究においては、このような魚類の発色団の分布様式の違いは淡水・海水における光環境の違いに適応した結果だと考えられてきました。しかし、海水域においても様々な光環境が存在するはずです。私たちは淡水・海水の光環境以外の要因が魚類における発色団の存在に関係しており、進化の過程において魚類が海水域から淡水域へと分布を拡大した時にA2生成能を獲得したのではないかと考えています。
さらに、いくつかの魚種には成長や季節に伴って発色団組成の変化が見られます。例えばコイ科の回遊魚のウグイでは、@夏期にA2が多く冬期にA1が多いこと、A淡水域に生息する個体は海水域に生息する個体よりも常にA2が多いこと、を見つけました(図2)。このことから、ウグイでは日長や温度といった要因が発色団組成の変化に関与していると考えられました。そこでモデル生物でもあるメダカを用いて、発色団組成の変化に対する温度・光・ホルモンの影響を調べたところ、@光よりも温度の影響を強く受けること、A甲状腺ホルモンの投与によってもA2の増加に影響を与えること、がわかりました。以上の結果から低温によるホルモン濃度の変化がA2生成を促進するのではないかと考えています。
なぜ魚類は淡水域でA2を持つようになったのでしょうか、なぜ発色団は季節や成長に伴って変化するのでしょうか?私たちは今後、A2生成に関与する酵素や遺伝子群を明らかにし、魚類における発色団の起源,役割の進化の過程およびその調節メカニズムの詳細に迫ることでこの謎を解き明かしていきたいと考え研究をすすめています。

図1:
淡水域・海水域における魚類の発色団A1・A2の組み合わせ。 生息域ごとにどちらの発色団を用いる魚類が多いのか、比較しました。淡水域ではすべての組み合わせが確認されました。一方、海水域にはA2を用いる種はいませんでした。海水域にもさまざまな光環境が存在するにもかかわらずA2をもつ魚類がいないことから、私たちは光環境の違いだけでなく、その他の淡水域・海水域の違いが関係しているのではないかと考えています。括弧内は測定した魚の種数。

図2:
ウグイ発色団の季節変化。 回遊魚であるウグイは一年を通して淡水域・海水域どちらにも生息している魚です。このウグイの発色団は夏期にA2が多く冬期にA1が多いという季節変化を示します。また、淡水域に生息している個体は海水域に生息している個体に比べて常にA2が多いことが分かりました。(A2の割合=A2の量/発色団A1・A2全体の量)